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ユニークなアイデア満載のジュエリーのリフォーム

雑誌に写真がたびたび掲載され、表紙にもなり、やがてC.Sというイタリアージャーナリズムの〈聖なる怪物〉というべき女性が、その時々のファッションと面白い話でつづる彼女のコラムページで、私のことを取り上げてくれたのである。
そのうち、私の作品はJとMの上流貴族出身のI.P.SとA.S.Bのおかげで店に出回るようになった。 彼女たちはプレタポルテというコンセプトを活性化し、アヴァンギャルドな製品を売り出した初期の何人かのうちのふたりだった。
彼女たちがイタリアや外国のバイヤーに私の作品を見せるとたちまち面白いということになって、アクセサリーラインを制作するために初めての共同作業が始まった。 そのときパートナーとなったのがイタリアで仕事をしていたフランス人女性、C.BとW.Aだった。
Aは、イタリアの現代的なプレタポルテの基盤を固め、産業としてのプレタポルテという考えを持って小さなアトリエから飛び出した最初のデザイナーでもあった。 ちょうどそのころ、産業化という考えが広がっていたことが私のもうひとつのチャンスとなった。

1973年、テキスタイルではリーダー格のJのある会社が私にとって初めての既製服の、すべてをIで生産するラインをやってみないかと持ちかけてきたのだ。 それでまずはIでできるだけ良い製品を生産するため、そしてどんな可能性があるのかを調べるために、私にIの色々な地方へ行ってみてほしいということで、最初の仕事が成功するとすぐに、私はIへ行った。
その土地へ行って学び、どうやって仕事をするかが意のままになるというのは私にとって思いがけない授かり物だった。 しかし、Iでの生活に慣れなければいけなかったし、ひとりで生活し、段取りをし、系統だったやり方で仕事をすることを学ばなければならなかったのだがね。
Iはそれまで私か慣れ親しんだ環境とはまるで違った、本当に初めての経験だった。 私はまったく異質の世界に浸った。
実際たったひとりだったのだし、ヒンズー語ばかりではなくIで話される他の言葉もまったくわからなかった。 まあ、英語でどうにかこうにかやっていけたのだが、私はそのときまで経験したことがなかった日常の色々な、たとえば、気候とか食べ物、そして習慣といったような問題で苦労した。
Bに着いたとき、悪いことには、私を迎えに来てくれているはずの役人を見つけることができなかった。

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